二〇一九年十一月九日、サンノゼに位置する張純如記念公園(Iris Chang Park)が、正式に開園した ―― 歴史家であり、『南京大虐殺』(The Rape of Nanking)の著者である張純如の没後十五年を記念するためであった。当日、地域の住民、華僑団体の代表、そして複数の選出官員が一堂に会し、この稀有なる歴史家に向け、深き敬意を捧げたのである。

張純如記念公園は、サンノゼの River Oaks Parkway と Seely Avenue とが交わるあたりに位置し、純如の生前の住居からほど近い場所にある。設計は、児童遊技場という従来の枠組みをあえて捨て、広々とした緑地と、蜿蜒たる小径と、六点の公共芸術作品とを配し、ひとつの「オアシス」と呼ぶべき静寂の趣を作り上げている。これらの芸術作品は、円弧、漣、水紋といった形をもって、純如の「一個人の力」(Power of One)というあの信念を象徴し、彼女が世界に対して及ぼしたあの深き影響を、ここに記念しているのである。
開園の儀において、純如の母・張盈盈は、その場にあった人々の心を深く打つ言葉を述べた。彼女は語った ―― この公園が、訪れる人々のうちに内なる平安をもたらし、社会に変革をもたらすことを恐れぬよう、その人々を励ますものとなってほしい、と。彼女は思い起こしていた ―― サンノゼ市議会が記念公園の建設計画を可決したのは二〇一五年のこと、そこから四年のあいだ、家族はその進捗をつぶさに見守ってきたのだ、と。深き感慨をこめて、彼女はこう語った ―― 「十五年前の今日、純如は私たちのもとを去りました。けれども、彼女の作と精神は、いまなお無数の人々を動かしてやみません。天上にあって、彼女もまた、このことに慰めを覚えていることでありましょう」と。張盈盈はさらに、皆が自身の夢を持ちつづけ、社会に妥協することなく、この公園が人々の生のうちで、霊感の源となることを願う、と語った。 サンノゼ市第四区の市議員・葉南(Lan Diep)氏は、こう述べた ―― 張純如記念公園は、サンノゼにとって緑の「オアシス」のごとき場であり、訪れる人々の心に安らぎをもたらしうる場であろう、と。氏は言った ―― 「現代社会の人々は、過去にしがみつき、未来を案じるあまり、いまこの瞬間を享受することができぬ。願わくば、皆がこの新しい公園のうちに、ひとときの静けさを見出し、いまを生きるということを学ばんことを」と。カリフォルニア州下院議員の朱感生(Kansen Chu)氏は、サンノゼ市政府が張純如を記念する公園を立ち上げてくれたことを、特に謝意をもって述べ、また心の健康への関心の重要性を強調した。 公園の設計者であるリチャード・ドイチュ(Richard Deutsch)氏は、米国各地に多くの公共芸術作品を持ち、スタンフォード大学やサンタクルーズにもその手になる作品が幾つもある。記念公園を設計するにあたり、氏は張純如の作と人柄、そしてその影響力を、深く知るに至った。氏は語る ―― 純如の影響は、水の波が広がるごとく、異なる人々と異なる土地とを連ねてゆく ―― それゆえに、私は弧を描く小径をもってその連なりを象り、漣の概念を発した数点の作品をもって「一個人の力」を象ろうとした、と。さらに氏は、中国のひとつの村から、五百年に近き歴史を持つ石臼を持ち帰り、歴史の重みというものを、ここに据えたのである。
張純如記念公園の開園は、ひとり卓越した歴史家への深き追慕にとどまらぬ ―― それは、彼女が掲げた「人の一人ひとりが変革をもたらしうる」というあの信念の、つづく営みに他ならぬのである。願わくば、この公園が、訪れるすべての者に、心の静けさと、心の力とを、もたらすものとならんことを。
* 注:本稿は《世界日報》二〇一九年十一月十日付からの抜粋である。