アイリス・チャン・スタジオは、二〇一八年十月二十六日――劉羽氏の発意により、そしてアイリス・チャンの両親および夫の同意のもとに――設立された機関である。本スタジオはいかなる政治的立場をも取ろうとはしない。ただひとつ、アイリス・チャンが書きとめ語りつづけた精神を、そして彼女が、ひそかに、しかし徹底して、私たちに突きつけてやまないあの倫理上の問いかけそのものを、消えゆかぬよう守り、後の世へと手渡してゆくこと――それのみを目的としている。
劉羽氏は、深い敬意の念を抱きつつ、鄭啟蕙が主演する映画『アイリス・チャン――南京大虐殺』を初めて見たそのときに、はじめてアイリス・チャンという存在の、その物語の、そして物語をひとりで担い、ひとりで世界に向かって声に出した者の、その荷の重さに触れた。チャンは、その心を打つ歴史叙述と、魂を込めた講演とを通して、世界の良心を呼び覚まし、人々をして、あの血と涙にまみれた過去を、もう一度――しかも、目を逸らさずに――直視するよう促した。劉羽氏はもともと、これほどの規模の主題には、すでに研究者と、翻訳者と、記録保存者からなる専門のチームが取り組んでいるはずだと、そう考えていた。しかしそうした作業がまだ誰の手によってもなされていないと知ったとき、彼は本スタジオの設立を決意した――アイリス・チャンの精神が、この場から受け継がれ、ひろく伝えられていくことを、ささやかに、しかし揺るがず、願って。
二〇二二年九月二十二日、スタジオは正式に英国において登録された。
いま、本スタジオが日々取り組んでいるのは、アイリス・チャンの講演の映像と、その肉声と、書きとめられた文字とを、ひとつひとつ翻訳し、整理し、より広い聴衆と読者へと届けてゆくという、それ自体ささやかではあるが、たえまなく続けるべき仕事である。中国の古人はこう言った――「文に飾りなくば、行(おこな)うこと遠からず」と。私たちは信じている。言葉のみが、すなわち書きとめられた言葉のみが、ひとつの魂のもっとも深い部分を、時の侵食から守ることができる、と。これが、私たちなりに差し出すアイリス・チャンへの供物である。彼女の精神が、まだその声を聞いていない人々の心の奥にまで届きつづけることを、ひそかに、しかしひたむきに願う仕事である。

写真:スタジオ創設者・劉羽氏とアイリス・チャンのご両親、北京にて。
どうか読者の皆様にも、本スタジオの歩みに目を注ぎつつ、私たちとともに、アイリス・チャンの精神の灯を、見届けていただきたい。私たちは謙虚さを忘れず、できうるかぎりの力をもって、この仕事を続けてまいる所存である。